この像の当初のコンセプトは、1888年にイザベル公主によって提案されました。奴隷を解放した功績を称えてコルコヴァドの頂上に記念碑を建てるのではなく、公主はイエス・キリストの聖心の像を建てたいと考えており、それによって彼を真の救世主として宣言したいと考えていたのです。